学芸員のひとりごと 令和5年10月~令和6年3月

ページID1017202  更新日 2024年2月6日

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「アーカイブズ・カレッジ短期コース」を受講して

「アーカイブズ・カレッジ短期コース」を受講して(1)

 皆さんは「アーカイブズ」「アーキビスト」という言葉を御存知でしょうか。おおざっぱに言えばアーカイブズ(記録)を管理する人のことをアーキビストと言い、主に文書館などで歴史的に価値のある記録・史料(古文書や私文書、公文書等)の整理や保存、公開を行っています。アーキビストは、学芸員のように専門職の名称のひとつですが、日本ではまだあまり馴染みがないかもしれません。

 さて、当館にも資料を公開する場所として資料閲覧室があり、所蔵する図書のほか古文書を紙に印刷したものも閲覧することができるようになっています。このように公文書館などと同じようなアーカイブズ公開の機能を備えていることから、その考え方について学ぶ必要があるだろうということで、アーカイブズ・カレッジ(史料管理学研修会)短期コースを受講してきました。

 アーカイブズ・カレッジは国文学研究資料館が主催で、短期コースはアーカイブズに関わる現場に勤めている人を対象として、毎年東京以外の地方を会場として開催されています。今回は大分県大分市に所在する豊の国情報ライブラリー(県立図書館・先哲史料館・県公文書館の合同館)が会場で、令和5年11月6~11日までの6日間にわたって受講してきました。修了には修了論文の提出が必要なため、先日まで執筆に取り組んでいたところでしたが、ようやく提出も終えたので、講義の内容を振り返りながらアーカイブズの考え方興味深かったトピックを4回に分けてまとめたいと思います。

《アーカイブズの基礎》
 我々博物館や文書館などの施設は、アーカイブズ(記録・史料)を残していくこと、保存・保管し後世に伝えていくこともその使命のひとつです。古文書も公文書も捨てることは簡単で、家に伝わる古文書は世代が変われば捨てられたり売りに出されることもありますし、公文書も決められた保存年限を過ぎれば廃棄されます。そうした文書は当然ながら一度失われてしまえば戻ることはありません。その中から学芸員やアーキビストの目を通して歴史的な価値があることを確認し、史料として保存・保管する対象として選ぶということが必要になってきます。

 そうして選ばれたアーカイブズは、次の4つの原則に基づいて整理されます。

  1. 出所原則
  2. 原秩序尊重の原則
  3. 原形保存の原則
  4. 記録の原則

 まず、「出所原則」は、出所が同じ史料のまとまりを他の史料と混同させてはいけないという原則です。その家、その組織、機関に伝わってきたことに意味があるのですが、他と混ぜてしまうとその史料の出所がわからなくなってしまうので、出所ごとに分けるのです。

 次に「原秩序尊重の原則」ですが、ある家の古文書で同じタンスの引き出し、あるいは同じ箱などに入っていたものであれば、その“まとまり”がある段階で収納・整理された時の状態を示す痕跡となります。その“まとまり”に意味があるのでその状態を大事にします。

 またこれと関連して「原形保存の原則」とは、古文書の折り方、紐でくくられ束にされた“まとまり”の状態、綴じられた状態など、史料の原形とその中身の順序をできる限り変更しないことを指します。そして整理・保存の段階で封筒に入れる、修復を行うなど史料・史料群の現状に変更を加える必要がある場合には、元の状態がわかるようその都度記録を残しておく。これを「記録の原則」としています。これらの原則は、古文書の調査・整理でも大切なことです。

「アーカイブズ・カレッジ短期コース」を受講して(2)

《民間アーカイブズの維持・保存》
 アーカイブズ・カレッジで学んだ中で、個人的に興味深かったトピックを紹介します。

 民間アーカイブズとは、博物館、文書館などの機関に所蔵されている史料ではなく、地方の方の御自宅や民間のアーカイブズ機関に残された史料のことを指します。民間アーカイブズは、機関アーカイブズと違い、保存環境や世代交代、地域の理解不足など様々な要因によって常に失われてしまう危機に晒されています。博物館や文書館は、そうした民間アーカイブズが失われてしまわないようその所在と状況に目を光らせておかなければなりません。というのも「史料は現存する所蔵の形態において保存することを原則とし、湮滅する危険性のある時のみに限って、諸機関にその所蔵を移すべき」(歴史学研究会封建部会東京支部など「史料の保存・公開・平等利用についての体系的構想(案)」1964年)という現地保存の原則があり、アーカイブズでは史料が今でもなお民間に伝来してきているということ(出所と原秩序)にもその存在意義を見出しているからです。

 一方で、社会構造の変化により、家族の在り方も核家族化が進み、さらに個人主義となっています。プライバシーなどの問題から、お宅へ調査に上がるということのハードルが高くなっており、史料の所在や状況を把握しておくことも難しくなってきています。これは博物館も同じです。中には「何で個人の財産を税金をかけて守らなければいけないのか?」という声もあるようです。この考え方に対してアーカイブズ公開の先進国・イギリスの事例がひとつの答えを示しています。

 イギリスでは、1925年の時点で個人のコレクションが売買やオークションに出品されることを懸念しており、1945年には全国アーカイブズ登録局が設立されました。史料は全国アーカイブズ登録簿に登録され、後継機関である手稿史料委員会は英王室から民間アーカイブズの維持管理について責任を持つことを命じられているそうです。イギリスは民間アーカイブズについて「私的に所有されている資料は公的資金によって保護されるが、その代わりに公的なアクセスに供される」としています。公共のアクセスを認めると資本税の課税延期という特権も付与されるそうですが、こうしたイギリスの事例は、史料を皆で共有する、公開を伴わせることで税金をかけてでも民間アーカイブズを保護する意味があるのだということを示しているのです。

※現在は、公記録館、王立手稿史料委員会、公共機関情報局、王立印刷局が統合されて、イギリス国立公文書館(TNA)となっています 。
 

「アーカイブズ・カレッジ短期コース」を受講して(3)

《アーカイブズの公開と普及》
 前回に引き続き、アーカイブズ・カレッジで学んだ中で、個人的に興味深かったトピックを紹介します。

 海外のアーカイブズの事例がいくつも紹介された中で特に印象に残っているのは、ドイツのシュタージ・アーカイブです。シュタージとは秘密警察のことで、旧東ドイツの秘密警察の記録が保管され公開されています。独裁国家では、その正当性を示す根拠として多くの公文書を作っていますが、その根拠史料を残していくためにアーカイブズの考え方が利用されたそうです。そのアーカイブズも現在では、人々の権利を守るための根拠として遺され活用されており、民主主義の根本であるとも言われています。その秘密警察の史料のうち、公開されたものを見ると、友人や近所の人が秘密警察の協力者であったことなど、今後の人間関係を壊しかねないものも当然ながら含まれていているそうです。しかし、それらは個人情報だから非公開、とはならずに閲覧できる状態だといいます。

 ドイツ、そしてシュタージ・アーカイブズの在り方は、独裁国家から民主主義国家へ移行したことを強く反映していて、国の役割は、史料を保存し公開することで、国家は個々の人間関係にまで介入しない、ということを示しています。公開された史料の内容をどのように判断するかは国民に委ねられているのです。

 日本で同じようなことができるとは思えませんが、何でもかんでも個人情報だと決めつけてしまうことは誤りだということで、史料の公開に先立っては適切な評価選別が必要であると改めて感じました。

※ベルリンの元秘密警察本部ビルに保管されていた文書は1991年に一般公開を開始。2021年、シュタージ・アーカイブという形式が廃止され、ドイツ連邦公文書館の資料として東部5州にある分館に移管されています。
 

「アーカイブズ・カレッジ短期コース」を受講して(4)

《学芸員とアーキビスト》
 学芸員とアーキビストは、古文書などの文書・記録=史料を保存・管理するということで似ているところもありますが、やはり違いもあります。その中で特に大きな違いは史料を扱う時の「目的」と記録・史料の「扱い方」であろうと思います。学芸員は、史料の調査、収集、保存、展示・公開、普及といった多岐にわたる博物館の機能を果たすために史料を扱っています。その中で展示・公開に関しては、史料を展示することを目的として、一つひとつの史料の内容をよく考えてテーマに沿ったストーリーを組み立てていきます。調査・研究においても、個々の史料を学芸員が自ら読み込んでいくのです。

 一方、アーキビストの展示・公開に関する目的は、ひとつでも多くの史料を利用者に向けて公開していくことです。そのため史料のまとまりである史料群の出所(フォンド)や在り方(原秩序と階層構造、そこに見られる特性)についてを重視しているので、一つひとつの史料の中身までは深く掘り下げません。その中身を扱うのは、史料が公開されてそれを閲覧した利用者ということになります。

 我々学芸員は、展覧会などで皆さんに史料を紹介するために個々の史料を深く調査・研究し解説する必要がありますが、当館が併せ持つアーカイブズとしての役割を果たすためには、史料単体だけでなく史料群の構造を分析し、どのような特性を持っているのかを明らかにして皆さんに公開していくことも責務であると改めて認識させられました。今後は学芸員としてだけでなく、アーカイブズの知識も学んだ者としてその役割も果たしていきたい、というのが本カレッジを受講しての感想と今後の展望となります。

※アーキビストは、現在のところ資格のある職ではありません。アーキビストの養成や資格化の検討は進められているようですが、その信頼性や専門性を担保するもの=資格が存在しないのが現状です。そのため国立公文書館では、大学院のアーカイブズに関する課程で学んだ人や国立公文書館、国文学研究資料館が開催する長期研修を受講した人を対象として、申請者の専門性を審査した上で認証する認証アーキビストの制度を設けているようです。
 

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