学芸員のひとりごと 令和4年4月~9月

ページID1010570  更新日 2022年5月25日

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企画展「伊勢物語とかきつばた」展示余話[その3](5月25日)

会場の雰囲気づくり

展示室内の様子
「伊勢物語とかきつばた」展示室内

当館で令和4年4月23日から6月5日まで開催中の企画展「伊勢物語とかきつばた」。今回からは企画展の担当として、展示室や図録では表現しきれていない「思い」を書いていきたいと思います。俗に言う「展示の裏側」ですが、何を考えて展示を企画したのかを知っていただき、展示を楽しんでいただければ幸いです。

 [その3]では会場づくりについてお話しします。今回の展覧会の最大の課題は、「立体物が少ない」ことです。伊勢物語を描いた屏風などをお借りすることができれば、かなり迫力が出るのですが、残念ながらそれは叶わず。どうしても本をはじめとする平たい資料が殆どとなってしまいました。

 この場合大変困ります。何が困るかというと、当館の企画展示室は奥に真っすぐのびる展示室で、全てが見通せてしまうからです。壁が白い展示ケースばかりが目立ち、ともすると何も展示品が無いように見えてしまいます。そのため「工夫」が必要になります。今回は3つの工夫を施しました。

 1つは、展示ケース上部の目隠しです。当館では元々、展示ケースの高いところに目隠しのためのシートを貼り付けていたのですが、さらに下の部分を付け足しました。しかし一部、背の高い資料や説明のパネルがあるため、その部分は目隠しをしないでおく必要があります。そこはデザインでカバーすることとしました。

 次に展示室内の装飾です。当館ではこれまで、室内の装飾というのは殆ど行ってきませんでした。まだ新しい館ですし室内も綺麗、配色にも一体感があることがその理由です。装飾でゴチャゴチャするよりも、ありのままを見せる方が良いという考えでした。今回、敢えてそこに手を付けました。モビールという、天井からバナーを吊るす方法です。伊勢物語は歌物語ですので、和歌を吊るしてみることにしました。

 …とここまで、さも自分で考えたアイデアのように書いてきましたが、ごめんなさい。この2つはディスプレイを担当していただいた業者の方のご提案です。むしろ私は、2つめのモビールについては若干疑心暗鬼でした。「展示をご覧になる方の邪魔になるのではないか」とか、「たった2つで何か変わるのか」とか…。しかし、完成したものを見ると、その不安は吹き飛びました。何よりも展示室の空調になびいて、モビールの動く様子が良いです。少し時期は早いですが、七夕飾りや風鈴のようにも見え、涼しさを感じることができます。来館者の皆さんからの評判も上々で、自分のセンスの無さを痛感しました。

 最後の1つ、これ「だけ」は私の発案ですが、照明を黄色く、さらに内照(室内照明)を明るめにしました。[その1]でも書いたように、今回の展示は江戸時代の庶民が伊勢物語を楽しんでいた様子を表現したい、という思いがあります。そのため、江戸時代の明かりである「行灯」の色に寄せてみました。また、室内照明は極力明るめにしました。これはモビールや目隠しのシートを目立たせる、という意味合いがあります。資料保護のため、資料に当たる照明は暗めに設定しつつ、足元は明るめにしています。これは失敗すると、資料が必要以上に暗く見えてしまう可能性があったのですが、実際には思ったより見づらくはなりませんでした。

 今回の展示室内の雰囲気については、好評をいただいています。ディスプレイや照明によって、展示室の雰囲気もガラっと変わることがよく分かりました。 

[展覧会担当:長澤]

 

室内の拡大図
モビールには伊勢物語に登場する和歌を配しています。

企画展「伊勢物語とかきつばた」展示余話[その2](5月10日)

八橋のカタチ

当館で令和4年4月23日から6月5日まで開催中の企画展「伊勢物語とかきつばた」。今回からは企画展の担当として、展示室や図録では表現しきれていない「思い」を書いていきたいと思います。俗に言う「展示の裏側」ですが、何を考えて展示を企画したのかを知っていただき、展示を楽しんでいただければ幸いです。

[その2]は「八橋のカタチ」としました。「八橋の形」と聞いて、池の中に木道状の橋が8つ縦横に架けられている八橋をイメージする方は多いのではないでしょうか?実際、「八橋かきつばた園」さんも、そのような八橋の姿になっています。

 「伊勢物語」の本文では、「水ゆく河のくもで」「橋を八つに渡せる」という2つの表現しかされていません。それがなぜ、池の中に木道状の橋が8つ架けられている姿になってしまったのか。さらに、この橋が描かれる作品では、ほぼ必ずと言っていいほど橋の右側に在原業平(とおぼしき貴族)と従者2人が描かれ、業平の後ろには帳(とばり)が設置されているのですが、これはなぜでしょうか。

 実はこれらは「嵯峨本」という種類の本の影響です。「嵯峨本」とは、江戸時代の初期に京都の嵯峨で刊行された本のことで、ここで刊行された「伊勢物語」が多くの刊本に採用されていき、伊勢物語のイメージ作りに貢献しました。

 ですが皆さん、少し考えてみてください。平安時代に(おそらく、当時としては珍しくはない)かきつばたの咲く川の中に、わざわざ木道状の橋を架けるでしょうか?他にも、疑問点があります。例えば、業平の後ろにある帳や、前に置かれている「乾飯」は誰が準備したのでしょうか?従者2人で運んだり準備することができるとは思えません。

 実際の八橋の姿はどうだったのか?これは鎌倉時代以降の伊勢物語解釈の歴史においても、論点の一つとなっています。「くもで」は漢字で書くと「蜘蛛手」ですから、そのまま読み解くと、川が四方八方に流れていて、そこに橋が8つ架かっているということになります(クモは足が8本ですので、辻褄は合います)。また、自噴する池から四方八方に川が流れていてそこに橋がたくさん架かっていたという説もあります。どちらも、解釈としては正しいかもしれませんが、地理学的・歴史学的に見るとかなり無理があります。(一例を挙げると、川が四方八方に流れるような場所に橋(道)を設けることはあり得ません。なぜならば、一度水害があると流路が変わり、橋も流されるからです)

 ここからは個人的な意見ですが、この章段の表現にはかなり無理があると思います。少なくとも「橋を八つ」というところが何のために橋を8つも架けているのか不明です。例えば逢妻川の流路がくねっていて、そこに橋をいくつか架けた可能性は考えられます。それにしても8つは多すぎます。伊勢物語の作者は、八橋のあたりがかきつばたの自生地であることは知っていたが、八橋には来ていないのではないか、と思います。

 今回の展覧会では、橋の数が8つではない八橋も多くあります。この八橋の描かれ方に注目していただけると、より深く鑑賞することができると思います。

[展覧会担当:長澤]

 

企画展「伊勢物語とかきつばた」展示余話[その1](5月3日)

いちばん展示したかった作品

当館で令和4年4月23日から6月5日まで開催中の企画展「伊勢物語とかきつばた」。今回からは企画展の担当として、展示室や図録では表現しきれていない「思い」を書いていきたいと思います。俗に言う「展示の裏側」ですが、何を考えて展示を企画したのかを知っていただき、展示を楽しんでいただければ幸いです。

 [その1]は「いちばん展示したかった作品」としました。展示を企画する過程で、「これだけはどうしても皆さんに見てもらいたい!」という作品が、必ず一つ二つあるものです。今回はそのお話です。


 当館が開館する前からいつかは開催したいと考えていたのが「伊勢物語」をテーマにした展覧会でした。刈谷市で唯一の国指定文化財である「小堤西池のカキツバタ群落」、このかきつばたという花は、「伊勢物語」の9段東下りに登場することで、愛知県を代表する花となっています。

 「伊勢物語」は教科書にも出てくるなど、大変有名な作品です。しかし、通読したことのある人は少ないと思います。作者も不明で、内容もわかりづらいところがある、少しとっつきにくい作品だからです。

 ただ、私はある言葉が引っかかっていました。

「伊勢物語」のパロディで「仁勢物語」という作品がある

 これは高校時代に聞いた、2年上の先輩の言葉です。京都の大学(文学部)に進学した先輩が部室を尋ねてきた時、一般教養の授業の内容をお話しされていました。「『仁勢物語』は『伊勢物語』を忠実にもじっていて、なかなか面白い」という、当時としては他愛もない会話だったんだろうなと思います。

 しかし、私はこの話が耳について離れませんでした。私も大学は文学部に進みましたが、そのような授業は受けることはできず、「仁勢物語」に触れることはできませんでした。「仁勢物語」がいったいどのような話なのか、イメージばかりが募りました。(「更級日記」の主人公の気持ちがわかります)

 大学院のころ、「仁勢物語」は刊本に収録されているので、読むことができることに気づきました。読んでみると、忠実な「もじり」が見られます。その代わり、若干意味が分かりにくいところもあります。…といっても文学の研究者ではないので、それっきりになってしまいました。

 今回「伊勢物語」をテーマにした企画展が決まった時、最初に思い浮かび、何としても紹介したいと思ったのが、この「仁勢物語」でした。この作品を展示したい!そう思ったけれどどこにあるのか…、調べたところありました、「西尾市岩瀬文庫」さんに。東京まで借用に行くことを覚悟していたので、近隣で有難かったです。

 様々なパロディ本を調査する中で、「仁勢物語」のもじりは原作に忠実です。作品としての面白さよりも、もじりを優先しているようにさえ思います。作者不明ながら相当優秀な人物であることは間違いありません。今回、この展示をするにあたり、一つの軸に据えたのが「江戸文化の豊かさ」です。そのため、「仁勢物語」を展示のはじめにもっていき、こういったパロディの文化があることを知ってもらいたいと思いました。

 何よりも高校の先輩のあの言葉がなかったら、「仁勢物語」の面白さに気づくことはなかったかもしれません。あれ以来連絡をとっていませんが、感謝の心を胸に秘めながら、展覧会という形にしました。
[展覧会担当:長澤]

 

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