このページの先頭ですサイトメニューここから
このページの本文へ移動
刈谷城

かりやの歴史と文化

刈谷市トップページ
  • 刈谷城・刈谷藩
  • 天誅組
  • 歴史・文化
  • 築城480年記念事業(終了)
サイトメニューここまで

本文ここから

刈谷城築城までのかりや

更新日:2016年4月1日

刈谷が城下町として発展するまで

 刈谷市域では、衣ヶ浦が北に深く入り込んだ東側に位置していることから、本刈谷貝塚、八ツ崎貝塚、芋川遺跡など碧海台地のへりに沿って古くから集落が形成されていました。


衣ヶ浦と縄文時代の遺跡(緑色の部分が現在の刈谷市域)

水野氏の刈谷への進出

 文明8年(1476)頃、衣ヶ浦を挟んだ西側にあった緒川城(東浦町)の城主であった水野貞守さだもりが刈谷に進出して、現在の本刈谷神社の北にあたる場所に城を築きました。これが最初の「刈谷城」です(ここでは後々、説明する現在の刈谷城と区別するため「刈谷古城」とします)。
 城といってもやかた程度であったと思われますが、これは衣ヶ浦をめぐる水運を利用した勢力拡大を図ったものだろうと考えられています。

水野忠政・於大・水野勝成の時代

 その後、天文2年(1533)にこれまでの城が手狭になったという理由で、現在の亀城公園の地に水野忠政ただまさが築城しました。これが現在の「刈谷城」になります。まだ、この頃は村の形成がされていた程度であったと思われます。


刈谷古城(最初の刈谷城)と現在の刈谷城の位置

このようにして、刈谷のいしずえは築かれました。この後、刈谷は本格的に城下町として発展していきます。

お問い合わせ

文化観光課
電話:0566-62-1037 FAX:0566-27-9652

このページの作成担当にメールを送る

本文ここまで


以下フッターです。

刈谷市役所

〒448-8501 愛知県刈谷市東陽町1丁目1番地
電話番号:0566-23-1111(代表)
開庁時間:月曜日から金曜日 8時30分から17時15分(土曜日・日曜日・祝日及び年末年始は休み)
Copyright © 2012 Kariya City,Aichi,Japan. All Rights Reserved.
フッターここまでこのページのトップに戻る