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刈谷市 人が輝く安心快適な産業文化都市
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沿革

更新日:2012年12月21日

 本市の歴史は、元刈谷貝塚、八ツ崎貝塚をはじめ多くの遺跡が物語るように縄文時代から始まったといわれ、境川、逢妻川、猿渡川の周辺には人々の生活跡が多数みられます。

 本市が都市形態をとり始めたのは、天文2年(1533年)徳川家康の生母、於大の方の父水野忠政が刈谷城を築いてから城下町として商業、農業を中心とした都市形態をとり始め繁栄したが、明治維新の変革により廃藩置県が施行され、政治の中心的機能を失いました。

 明治21年に東海道本線が開通し、刈谷駅が設置され、明治22年町制施行、大正3年の三河鉄道(現在の名鉄三河線)の開通により、交通の要衝として発展して地方商業都市的色彩を濃くしてきました。大正の末期から昭和の初期にかけて、トヨタ系大企業の工場誘致により、新興工業都市として栄えることになり、他方商業都市としての地位を保持しつつ経済圏を拡大し、昭和25年4月には人口30,868人で市制を施行、ここに県下で11番目の市として「刈谷市」が誕生しました。

 昭和30年4月には、碧海郡依佐美村の一部(小垣江・野田・半城土・高須)及び富士松村を合併し、市域も50.52キロ平方メートル、人口52,470人となりました。

 現在では、昭和30年代の後半からの急速な経済の高度成長とともに輸送機器関連産業の集積地としてめざましい進展を遂げ、愛知県の経済発展の先駆的役割を果たすとともに、西三河内陸工業地帯の拠点都市として重要な地位を確保しつつ、本市の将来像である「人が輝く 安心快適な産業文化都市」の実現を目指し、都市づくりを進めています。

お問い合わせ

まちづくり推進課
刈谷市東陽町1丁目1番地
電話:0566-62-1022 FAX:0566-23-9331

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〒448-8501 愛知県刈谷市東陽町1丁目1番地
電話番号:0566-23-1111(代表)
開庁時間:月曜日から金曜日 8時30分から17時15分(土曜日・日曜日、祝日及び年末年始は休み)
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