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校長のあいさつ
1 富士松北小学校の歩み
富士松北小学校は明治40年(1907)に小学校令が改正された翌年、明治41年(1908)3月31日富士松第二及び第三尋常小学校が合併してスタートしました。その時から数えて、今年は90周年になります。しかし、それ以前にも本校の前身の学校がありました。明治4年(1871)の学制発布に伴って明治6年(1872)9月4日に開校した第六番小学境学校と明治6年10月10日に開校した第七番小学井ケ谷学校がそれです。この二つの学校が、その後名前を変え、場所を移して明治41年に富士松第二尋常小学校、大正4年(1915)には富士松第二尋常高等小学校となり、昭和16年(1941)には富士松北国民学校、昭和22年(1947)には碧海郡富士松村立富士松北小学校、昭和30年には刈谷市合併に伴い刈谷市立富士松北小学校となって現在に至っています。昭和55年度(1980)には1463名のマンモス校となり、昭和56年度
(1981)に富士松東小学校を分離独立させて以来児童数が減少し、現在に至っています。
本校は刈谷市の北部、カモの飛来する岩ケ池に隣接する緑あざやかな森に取り囲まれた高台に建っています。美しい自然に恵まれている本校を象徴するのが、運動場の中央にある巨木です。この木は今まで「クヌギ」として卒業生や地域の人々に親しまれてきました。しかし、最近専門家の調査では「アベマキ」だといわれます。いずれにしても、この木は卒業生や本校の子どもたちの心の支えになっています。
また、本校の学区内には愛知教育大学、および国指定の天然記念物となっている「小堤西池のカキツバタ群落」の自生地があります。
昭和34年度(1959)には、器楽合奏で全国優秀校となりました。昭和63年度(1988)には「みどりいっぱい、豊かな心」というテーマで全日本学校環境緑化コンクールに応募し、文部大臣賞を受賞しました。それを機会に「北っ子の森」を始めとする学校周辺の自然を生かした教育活動を展開し、平成7年度(1995)には日本初等理科教育研究会全国大会会場校として、「対話を通して主体的に追究する子どもの育成」をテーマにその成果を発表しました。
また、現在は愛知教育大学の留学生との交流を通して、国際理解についても取り組み始めています。
2 富士松北小学校の教育目標
「こころやからだを鍛え、心豊かなたくましい子の育成をめざす。」という目標に基づき、「不断の努力をする子」「自分と同じように友達を大切にする子」「きまりを守る子」「たくましく、元気な子」をめざす子ども像に掲げ、教育活動を展開しています。
特に、体験的な活動の重視、自然や緑から学ぶ活動の推進、地域の人々や留学生の力をかりての教育活動の展開を進めたいと考えています。
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愛知県刈谷市立富士松北小学校
10-5 Yaketa Higashizakai-chou, Kariya-shi, Aichi-ken,
Japan. 〒448-0007
tel 0566-36-5414 fax 0566-36-9647 E-mail : school@fjk.city.kariya.aichi.jp
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