平成16年度 第3回地域住民会議
2年に渡る中学校区別の地域住民会議を経て、「刈谷市地域福祉計画」の策定を概ね終えることができました。その報告を兼ねて合同会議を開催しました。
日時 平成17年3月21日(月) 午後2時00分から午後4時00分
場所 市民会館 ぼたんの間、ゆりの間
内容
○ 刈谷市地域福祉計画の報告
○ 築地「竹の子会」の取り組みについて
○ 講演「これからの地域福祉活動について 〜地域福祉活動の拠点あったかホームとは〜」
講師 滋賀県地方自治研究センター
副理事長 北川憲司 氏
刈谷市地域福祉計画の報告
「刈谷市地域福祉計画(概要版)」に基づき報告しました。
築地「竹の子会」の取り組みについて
私達の街は区画整理事業後、都市化が進み、刈谷の中心モデル地域として発展していきました。豊田系の大会社や多くの協力工場があり、男女を問わず、若い人から高齢者まで働く場所がいっぱいあります。
交通は国道23号線で名古屋へ20分、刈谷駅は車で10分、公共施設連絡バスも走行しています。知立駅へでれば名鉄電車があります。休日には、総合運動公園は市外からも遊びにくる若者でにぎわっています。大都会でもなく、ど田舎でもない、生活しやすい、恵まれたところです。
その中で雁が音中学校区の平成16年度の世帯数は7,265世帯、5年間に809世帯、12.5%増加しています。築地町では1,972世帯、0才〜14才の人口比率は、21%と若い世帯が多いため、「子育てが楽しいと感じられる環境づくり」が必要となりました。大きな課題です。これを築地地区長さんが中心になり、他10人のスタッフが一丸となって「思いやりの心」を原点に「ここから児童虐待を絶対出してはならない」の願いをこめて、ボランティア活動をひろげることになりました。
立ち上げに向けて、まず、現場をみようと平成16年6月7日に一ツ木児童館内「子育てつくしんぼ広場」を見学しました。この見学会をもとに準備会を3回開き、次のことが決まりました。
1 子育て支援の名称を「築地竹の子会」とする。
2 築地竹の子会規約の承認。
3 開催日程は年4回とし、時間は午前9時30分〜11時30分とする。
第1回 平成16年10月25日
第2回 平成17年3月5日
第3回 平成17年6月25日
第4回 平成17年10月22日
4 エプロンをつくる。
うすい黄土色でこげ茶のネームを入れ注文数は20組とする。
5 発足会は平成16年10月8日に築地市民館にて行う。
市議会議員、地区役員、スタッフの計18名で行う。
6 参加者に一家族100円をお願いする。
7 参加者はタックシールに名前を書いて胸につけていただく。
8 竹の会開催の案内板を作る。
9 募集は地区回覧で行う。
対象を0才〜3才の幼稚園、保育園に通っていない親子とする。
「みんなでつくろう子育てひろば」をスローガンに、「幼児をかかえて奮闘中のご両親がおさなご共々集まって顔なじみになり、育児に関する情報を交換したり、スタッフが皆様ご要望、ご相談に精一杯お答えします。」という募集内容に対して21組の申し込みがありました。
そして、初回は平成16年10月25日に開催しました。
刈谷保健センター保健師2人、愛知教育大学 教育学部教授 都築様、愛知教育大学 学生ボランティア5人の指導のもとに始まりました。
全体会
自己紹介、この会の趣旨説明、子育ての大切さと意味、となり組的環境づくり、親同士の情報交換をしました。
2グループに分かれて分科会
保健師さんによる楽しいお遊び、お話を聞きました。
全体会
お母さんの意見や要望を聞きました。
手づくりおやつ
さつまいもを使っておまんじゅうをつくる。人参をミキサーつぶして寒天をつくる。
おやつづくりは、下準備をしておいたものを食べていただき、レシピで作り方を説明しました。参加者と協同でやろうと計画しましたが、手間暇がかかり実行できませんでした。
アンケートには、週1回、月1回開催してほしい要望がありましたが、今のところは泉田のいずみ会、一ツ木つくしぼ広場の開催時に出かけていただく様お願いしています。
第2回は平成17年3月5日に開催しました。その内容についてはスライドで説明いたします。
| 愛知教育大学の学生ボランティアさん 早朝よりかけつけていただきました。ありがとうございました。 |
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| 築地「竹の子会」スタッフ 食事会のお茶、おでんの準備です。 |
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| 受付の様子 参加者に一家族100円いただきました。 参加者はタックシールに名前を書いて胸に付けていただきました。 |
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| 受付の様子 受付場所が大変混雑しました。 名前を書く間、赤ちゃんをだっこしたり、歩きまわる子を追っかけたり、泣く子もあったりしました。 反省点として次回は、受付場所を会場入口(2階)に移す。 子供を会場の中へ置いてから名前を書くことにしました。 |
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| 授乳室とおむつ交換室 市民館1階事務所に設けました。 |
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| 親子ふれあい遊び 16家族が参加しました。 レクリエーション・コーディネーターの亀井様の紹介です。 |
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| 親子ふれあい遊び 広げ足とび 親が座って足を前に出す。両足を跳んだり、広げた足を跳びこえる。慣れてきたら、親子で両手をにぎり、親が足を広げたら、子供は上にとび、閉じて着地する。親が足を閉じたら、子供は跳びびあがり、足を広げて着地する。親子で何回か練習するとできるようになります。 |
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| 親子ふれあい遊び 風船ゲーム 風船をふくらませて、親子で遊びます。 ○ 渡す。 ○ 上から落としてパンチする。 ○ 床につけないように打ち続ける。 ○ 紙テープを付けて打つ。 |
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| 親子ふれあい遊び トイレットペーパー遊び トイレットペーパーを親が両手で支え、子供が紙をほぐしていくゲームです。 早く中心に芯を出した親子の勝ちとなります。 散らかったペーパーをガムテープで丸いボールにして、親子でサッカーを行いました。 ほぐすタイミングが合わないとむつかしかったです。 |
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| 親子ふれあい遊び トイレットペーパー遊び とても上手にほぐしています。 でも、お母さん一言、「家でこれやってもらうとこまちゃうわ?」 |
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| 親子ふれあい遊び 人間玉入れ 親子で協力して「新聞紙の玉」を数個つくります。愛知教育大学のボランティアの学生さんが「玉入れ籠」を背負い、会場をゆっくり歩きまわりました。親子で協力して、自分の玉を籠に入れました。投げても良いし、子供を抱き上げて玉を入れてもよい。親子協力ゲームです。 「お父さんが子供を抱き上げて玉を入れる様子がとても良かった。」と亀井先生にほめていただきました。 |
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| 親子ふれあい遊び 宝さがしゲーム 会場にシートをひき、カードを適当に並べます。 子供はカードの片面にかかれている「○」印を探して、親に渡します。最初は1枚探しから始まり、探す枚数を増やしていきました。親子で一緒に探させたり、時間を制限して探させました。探した枚数の多い親子が優勝としました。 |
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| 親子ふれあい遊び 笠ぶくろ風船 笠を入れるビニール袋を膨らまさせて棒風船をつくります。 ○ お母さんが投げてキャッチする。 ○ 自分で上に投げてキャッチする ○ 二人で投げ合う。 |
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| 親子ふれあい遊び 桃太郎ゲーム 円形になり座ります。 桃太郎の歌を歌いながら、ロープを右に回します。ロープの印が自分の前にきたらアウトとなります。 楽しくできました。 |
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| 保健師さんと相談 何を相談しているのでしょうか? |
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| おもちゃで遊ぶ 愛知教育大学の学生さんが、たくさんのおもちゃを持参してくださり、ほんとうにありがとうございました。 おもちゃをひっくりかえして、楽しく遊ぶことができました。 中には小さな細かいものもありましたので、口に入れないか見張っていました。 |
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| おもちゃのかたづけ ひっくりかえしたおもちゃ、遊んだおもちゃのかたづけ競争です。 一番早いには誰れ? |
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| お休み中 0歳〜2歳くらいまでは、お乳を飲んで眠っています。 お母さんが覚えて家で遊んでくださるそうです。おつかれさまでした。 |
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| 地区役員、スタッフの反省会 おでん、ご飯の昼食です。 前日、煮ておいたおでんがとても味がよくおいしかったです。 |
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| 地区役員、スタッフの反省会 アンケートの結果 第1回目の時、手作りおやつが好評でしたが、今回はないですか。 毎月1回くらい開催してほしい。 こんな楽しいことは、多くやりましょう。 スタッフの声 地区役員の協力に感謝しています。 これからもご指導の程よろしくお願いいたします。 ありがとうございました。 |
以上がこれまでの活動の様子です。
ありがとうございました。
講演「これからの地域福祉活動について」
愛知県でお話させてもらうのは、今から8年前に豊田市でお話させてもらって以来になります。豊田市では、実は地域福祉ではなく環境についての話でした。
私は滋賀地方自治研究センターという立場で呼ばれていますが、滋賀県の職員でもあります。現在は滋賀県社会福祉協議会へ出向しておりまして、その中で様々な形で仕事させて頂いております。
8年前に豊田市に呼んで頂いたきっかけを申しますと、トヨタ自動車さんは自動車において環境関係を含めて世界を牽引している企業でありますが、その年はちょうどハイブリッドカー「プリウス」が出た年であり、滋賀県でプリウスの導入を図る事になりました。当時、滋賀県のトヨタ自動車さんの販売店に働きかけたところ、まだ出荷の段階まで行っていないということでしたが、その後に本社ともご相談をされたそうで、第1号が滋賀県舎に導入されました。聞いておりますと、東京モーターショーで出展されていたプリウスを陸送して頂き、滋賀県に第1号が導入されたという話でした。滋賀県では環境関係に積極的に取り組んでいますので、おそらくトヨタ自動車さんも、滋賀県に第1号を導入することにどれほどのメリットがあるかを判断されたのだろうと思います。今日、トヨタさんが世界に謳っているところに、実は8年前にはそういった関わりがありました。
環境を優先して物を買う「グリーン購入」という言葉がありますが、私はその仕事に携わり、全国で講演を続ける中で豊田市にお呼び頂き、名鉄豊田線で訪れさせて頂いたのが愛知県での初めての講演でありました。
そして今回、刈谷でお話の機会を頂いたわけですが、県外から見ると豊田市と刈谷市はよく似ておられます。豊田市の人口が35万人ぐらいで刈谷市は約14万人ですが、両市に共通しているのは、大都会ではない、かといって田舎でもない、ちょうど程の良い程々のまちというところです。財政力の関係でも非常に豊かですし、全国的に見ても高齢化率も低く若い方が随分います。そういった意味では、非常に安定している良い所だと改めて思います。
滋賀県とこの三河地域も非常に似ていると思います。滋賀県は、沖縄県を除く都道府県の中では最後まで人口増加が続く県であり、工場などの第二次産業の割合が日本一の県です。働きたい若い人が全国から滋賀県にどんどん出てきます。そして大学も立命館大学などが県に入ってきていますので、若い人の人口が増えてきているわけです。
財政の問題で申しますと、GNP(国民総生産)で言えば滋賀県は全国で4番目か5番目の県で、これは京都や大阪よりも上です。愛知県よりは下ですが。そのような部分で、滋賀とこの地域が良く似ていると思うわけです。
これは私が滋賀で知事に言っていることですが、「滋賀は絶対に大都会にはならんとこう、風通しの良い農村になろう。風通しの良い農村、つまり、どこの家でどこの地域で何をして」いるのかが風の便りで「あっ、あそこのあの人らがやってはるんやな」と分かるということです。そして県外から来られる人も地域で一緒に関われる、そういった風通しの良い農村地帯を滋賀では作っていこうと知事に話しています。滋賀は大きい田舎を目指そうということです。ひょっとすると、刈谷も大きい田舎を目指さなければならないのかな、と思います。
その意味では、先程の発表を聞いてほっとしました。お話のスピードといい、ゆったりと、そして軽やかな流れを感じて、「ここは大阪府や東京都とは違うんだな」と思いました。
滋賀は豊かでまだまだ人口も増えますが、その中でするべきこととして私は2つのことを考えています。まず「豊かなうちに、次の準備をしておこう」。これは滋賀の我々の中での合言」葉になっています。そして「豊かだから、準備できる」。
先だって、岩手県の平泉の近くでお話させてもらったときのことです。岩手にも非常に優秀な方がおられるわけですが、その方がおっしゃるには「我々は意欲があって、一生懸命やりたいのだけれども、残念ながら金がないんだ」と。金がないから「こういうことをすれば、絶対にできる」と分かっていても動けない。地団駄を踏む思いでしょう。滋賀県にも意欲が非常にある方がたくさんおられて、その方々は「豊かなうちになんとかしよう」と動いている。それを話すと、岩手の方に羨ましいと言われました。
刈谷はそういう動きを地域福祉計画を通じて既に始められている、新しいところへ踏み込んでいると、今日の話や行政の方の話を聞いて感じました。是非、大きな流れにして頂きたいと思います。
刈谷市地域福祉計画のダイジェスト版であるパンフレットを見させて頂きました。これまで全国の様々な地域福祉計画を見させてもらいましたが、結論から申しますと、刈谷市の計画は過不足なくすべて書いてあると思いました。後はやるだけのことです。これがなかなか大変ですが。
分かりやすく申しますと、地域福祉計画は「まちづくり計画」であると思ってください。社会福祉協議会の立場から敢えて申しますが、「福祉」という言葉はあまり使いません。「福祉」という言葉を使うと、どうも狭い範囲の話になってしまいそうだからです。後ほど資料でも説明しますが、福祉はもっと広い概念のものと思いますので、「まちづくり計画」とお考え下さい。
皆さんの計画のダイジェスト版を見させて頂いて、「この計画では3つの重点施策を掲げました。」ということで、「地区別福祉活動計画の策定」「NPO型の地域福祉活動の推進」「拠点づくりの推進」とありますが、これは非常に見事なもので、必要なことがすべて入っています。
滋賀ではこれらの動きを加速させています。今日はその事例をご説明致しますが、その前に、今日と同様の資料を用いて講演させて頂いたときのことをお話します。滋賀の北部、これらの地域は滋賀県で言えば、大津や京都に近いところよりも田舎です。ゆっくりした暮らしで、まだ田んぼに真っ白の部分がたくさんあるところです。その滋賀県北部の長浜市で3月13日に、県北部地域に住む方々約100人にお集まり頂いて、あったかホームの話をさせて頂きました。長浜から北のエリアについては、私は今から5年ほど前に様々な仕事をさせて頂きましたが、5年ぶりにお邪魔して目から鱗が落ちました。それは、驚くほど地味で普通の中の普通だった滋賀の北部地域が、様変わりしてきたのです。
質疑応答の時や講演が終わった後で、おっちゃんやおばちゃんが一斉に寄ってこられ、その中には民生児童委員や元自治会長、婦人会の会長など様々な方がおられたわけですが、お話をお聞きしますと、先程ここで発表しておられたのと同じように「子育ての関係のNPO法人を立ち上げたんや」ということでした。それで、子育て関係の活動をしていたら隣近所のおじいちゃんやおばあちゃんから「孫と一緒のところに行かせてほしい」と言われ、子育てだけではなくお年寄りを含めた形のものをやろうと思っているのだが、進んでいるところの事例を聞かせてほしい、という話でした。
琵琶湖の北の地域は刈谷と同じぐらいの人口ですが、5年前に介護保険がスタートした後でそういった動きをしていたところは、人口約15万の中でたったの2か所しかなく、他は何かあったら「これはお役所がする仕事やさかい」と投げていました。ところが先日、各市町村の方々や県の出先の方にお聞きしますと、15か所になっているということでした。地域住民による立ち上げが5年間で2か所から15か所に広がっていることを知り、非常に感動しました。
出発点はいろいろで、子どもの文庫から出発された方もいますし、先程の方のように子育てから始まった人もいます。お年寄りのふれあいサロンから始まった方もいます。刈谷もそうかもしれませんが、滋賀はラテン系の方々が多く働いていますので、外国人の生活への支援から始まった方もいます。様々な形で出発し、その中で子育てをやってこられた方が一緒にお年寄りのサロンをやったり、お年寄りのサロンをやってこられた方が子育ての関係に入ったりと次々につながってきています。そういった動きが、地味だった地域でも始まっています。
これが南の方に下り、大津や京都、京阪神に近づくと、NPO法人と言っても中身はNPO法人ではないようなところもあります。集落ベースで最もNPO法人が活発なのは、滋賀県ではちょうど真ん中あたり、近江八幡市のあたりになります。彦根から南、草津より北のエリアです。今日はそのエリアの資料を皆さんにお見せしようと思います。
私達の周りでこれからやっていくことを、資料に沿ってご説明したいと思います。先程の子育てサロンをおやりになっている人を見ていて、私はあの初々しさが何とも言えず好きでして、素晴らしいと思います。その中で利用者の方が「もっと回数を増やしてほしい」と言っていたという話でしたが、これは滋賀でも同じことです。そこで、滋賀ではどのようなことが起こったかを話します。
このようなまちでは、社会福祉協議会のふれあいサロンが動きのひとつのきっかけになっていますが、もし皆さんが子育て関係やサロンをおやりになる時に、ボタンの掛け違いをされると非常にしんどくなるということだけは申し上げておきます。
そして、これは気をつけて頂きたいことですが、サロンをおやりになる時に食事の提供はできれば避けられたほうが良いと思います。
敬老会とサロンは別物です。滋賀でも小さな市町村でサロンを月1回のペースでやっているところがありますが、女性の方がしんどくなってきています。最初のうちはお寿司を作ったりと様々なことをやっていました。これで月1回なら、コミュニティさえしっかりしていればできます。しかし、週1回でできるかと言うと、ほとんどはできなくなります。
敬老会には、お寿司を作りゲームをしてお年寄りに喜んで頂く、そういったことを是非やってほしいと思いますが、サロンは敬老会とは違いお年寄りが自ら集まっておやりになる場所です。つまり、お年寄りはお客様ではないということです。お年寄りが自分で鍵を開け閉めし、お湯を沸かしてお茶を入れ、座布団を出すようにしなければなりません。
食べ物はどうするかと言いますと、滋賀県内の社会福祉協議会ではようやくこのこと気付くようになりましたが、解決策のひとつは昼からサロンを始めることです。もし朝9時から午後4時ぐらいまでやる場合は、家から食べ物を持ってくるようにすることです。滋賀の場合は米どころですから、自分の家でお弁当を詰めて持ってきます。もしくは、給食の配食サービスを利用する。これならお年寄りのサロンはやれるわけです。
それでは、ボランティアの役割は何か。それはお年寄りができないところだけを支えることです。
お年寄りのサロンで滋賀県社協が気づき始めたことは、お年寄りをお客さん扱いしない、要はお年寄り扱いしては駄目ということです。正直に言えば、今の若い人や私らのような50代の人よりも70代や80代の方のほうが生活の知恵が豊富で、生活者としては圧倒的に優秀です。そういう方々に何もさせずお客さん扱いしてしまうと、生きる意欲を削いでしまうことになります。お年寄りが生き生きと自分達の生活の杵柄を実現できる場所、これをサロンとしてやっていくということに変わってきました。
大正5年生まれで89歳になる私の母親もサロンに行っていました。このサロンは敬老会のような形で行われていましたが、そこに出掛ける際、母親が私に言った言葉が非常に印象的だったのをよく覚えています「せっかくボランティアがやってくれはるんやから、行かんと悪いやんけ」。そして母親がサロンから帰ってきて「おまえが食べてくれ。わしゃ、家まで食えん」と。もうひとつ母親が言った言葉で、私は「何てことを言うんや」と驚き、そして当たっているなと思ったのですが、「ボランティアのためにボランティアに行くんや」。なるほど逆転しているな、お年を召した方は力をお持ちなのだから89歳でも90歳になってもそういう気でいるのだな、と思いました。この年代の人達が中心となってやれるようにしなければなりません。
私の母親は農家に嫁いだのですが、「昔はなあ、若い者は皆、田んぼに出て忙しかったんや。年寄りは寺や会議所に自分達で集まってやっていたんや」と言っていました。これは今風に言えばフリースペースです。そして「そこでは、孫も預かったんや」と。私はこれを聞き、やはりお年寄りは地域における役割がなければ、生きる意欲がなくなるのだなと納得しました。
もうひとつ母親から教えられたことですが、母親は「今日は寺の草むしり」「今日は浄土宗の宗院への旅行」「今日は老人クラブの行事があるんや」「今日は市民大学の日なんや」と、毎日のようにカレンダーに予定を書いています。毎日、カレンダーに予定を書いたことを確認してから、化粧をして外へ出ます。それを見て、お年寄りは毎日の自分の役割があって初めて明日につながるのだと私は思いました。つまり、お年寄りには「役割」と「居場所」が必要で、自分が役に立っていると思える場所がなければお年寄りは弱っていくということです。
今後、刈谷は様々なことをやっていくとのことですが、私はお年寄りのサロンだけでなく、子育てについても同じことが言えると思います。
子育てサロンのところに、子どもの育て方やしつけ方が分からない若いお母さんが来るのであれば、そこへおじいちゃんやおばあちゃんが行って「昔は、こうしたんや」と相談を受けるようにすれば良いわけです。今の若いお母さんの中には、例えば子どもが熱を出したときに何をして良いのか分からない方も多いですから、そこにお年寄りの役割があるわけです。
生活の知恵に関しては、今のお母さんはお年寄りに勝てません。換気扇ひとつを見るだけでも、お年寄りの世帯か若い人の世帯かはすぐに分かります。外から換気扇に油が付いているかどうかが見えますから。お年寄りの家では換気扇に油は付いていませんし、エビ豆等の良い香りがしてきます。どちらの家が健康に良いのかは分かりきった話です。若い人の中には高脂血症になる人も多いですが、お年寄りは血液がサラサラですからなりません。
お年寄りを見ていると、皆さん、あと50年は生きられるように見えます。私達は50年後にはほとんど生きていません。そのお年寄りの方々が50年後にレシピを書いたりビデオを撮って生活の知恵を残すようなことはしませんから、それなら、自分達の子どもや孫に伝えていかなければ、刈谷の昔からの知恵はなくなってしまいます。それはお年寄りの大切な役割であり責任です。
私は、地域の風格は「お年寄りをどれだけ大事にするか」にあると考えていますから、これからはお年寄りを馬鹿にした時代から、子育てを含めてお年寄りがまちの中心的役割を担う時代に変わっていくと思います。
滋賀県内の市町村でお話するときには、私はこのような話から始めています。刈谷は様子が違うかもしれませんし、同じかもしれませんが。
資料の1ページに*印が続いていますが、この中で刈谷にも関係があると思うこととして、上から5番目の「*あなたの地域の、10年後20年後の暮らしの悩みが見えるか」が当てはまると思います。10年も20年もあっという間に過ぎますが、これは10年、20年経ったときに刈谷の地域でどのようなことが起こるか、ということです。
次のページをご覧頂きたいと思います。少子高齢化の進展は全国に共通していることです。刈谷はまだ全国的に見ても若い人が多いまちですが、駅前の地区の高齢化率は約18%とすでに全国平均に近い割合となっています。「2050年までの"日本の将来推計人口"」のグラフのように少子高齢化が進んだ時代は、刈谷にも間違いなくやってくると思います。
来年、日本の人口はピークを迎えます。後は減少する一方です。おそらく私は生きていないと思いますが、2050年には日本の人口は1億人ぐらいになります。これから45年かけて人口が3,000万人ぐらい減少することになります。このような人口の減り方は、日本の歴史が始まって以来の初めてのことです。今日の資料にはありませんが、65年後の2070年には人口が8,000万になります。それほど日本の人口は減るわけですが、このグラフを見ても過去に人口が8,000万人だった年はありません。
終戦後の1950年が最も近い数字ですが、皆さんに考えて頂きたいのは、この1950年の人口と2050年、2070年の人口とでは中身が根本的に違うということです。グラフを見ても分かると思いますが、1950年はお年寄りが少なくほとんどが働く人か子どもでした。2050年、2070年は総人口の約4割が65歳以上になり、誰も経験したことのない時代になります。
その2050年や2070年はどのような雰囲気の時代になっているのか。私は安定した良い雰囲気になると考えます。私の住んでいるところは高齢化率が42%で、2070年の日本を先取りしていると言えますが、この私のまちをモデルとして見ると、まず小学生の登校がなくなります。子どもがいないため、登校がありません。そして朝の4時ごろからお年寄りが起き出して、散歩に出掛けます。非常に元気そうです。
食べ物は昔の和食ですが、換気扇が汚れている家は一軒もありません。健康そのものです。そして、魚釣りや山菜取りに出掛けた人が、鮎やわらび・せんまいを隣におすそわけしてくれます。このような助け合いは、昔は当たり前に行われていたわけです。洗濯物を放ったらかしておいても、誰か隣の人が家に上がって取り込んでくれていました。昔はどこにでもあった「お互いさん、持ちつ持たれつ」の風景が、今の私の住んでいる地域にはあるわけです。ですから、高齢者が人口の4割を占めるようになっても、それほど案ずることはないわけです。
刈谷市の地図を見ていますと区画整理がきちっとされていて住宅団地やトヨタ自動車の社宅が多いように見受けられますが、働いている方々で同じ様な年代の方が年代ごとにごそっと住宅団地に入っているかもしれません。同じ住宅団地の中でも場所によって開発した時期が違いますから。そう考えると、大阪近辺で言えば千里ニュータウンで起こっているようなことが、今後は刈谷市でも起こるのではないかと思います。小学校区、中学校区ごとに同じ年代の人が固まって住んでいて、ある時期に一気に退職する。そうなると、高齢者の夫婦やひとり暮らしの世帯の多いところが、地域単位で出てくる可能性があります。さらに、先ほどの話のように高齢者が4割になると、全体の人口が減り、高齢者が増え、子どもと働く人の数が減るわけですから、納税者が減り財政的に厳しい時代になってきます。
20年後〜30年後の刈谷市の風景を考えますと、75歳以上の方は病院か大規模な施設にお入りになり、子ども皆、保育園に通うようになると思います。特に刈谷市はトヨタ自動車の関連企業が多いところですから、納税者を増やしていかなければならなくなります。
納税者を増やすには三つの方法があります。ひとつは専業主婦もフルタイムで働いていただいて、納税者になってもらうことです。そのためには子育て支援は不可欠です。そうなると国は、専業主婦の税制優遇の撤廃、幼稚園・保育園の統合、民間企業が参入しやすいよう規制緩和を行うと考えられます。
規制緩和が進んだときに、保育と子育ての関係は二極分化していくと思います。そのひとつは駅前保育です。交代制で働くお母さんもいますから、24時間365日実施という形が考えられます。もうひとつは、刈谷市でも昭和50年ごろに開発された住宅団地があるかと思いますが、そこの空きスペースを使った保育です。保育はこの2つに二極分化され、誰でも保育事業を実施できるよう規制緩和が進むのではないかと考えられます。そして、より多くの女性の方に働いて頂き、納税してもらうということです。
納税者を増やす2つ目の方法は、外国人に働いてもらうことです。おそらく刈谷の近辺でも外国人が多く入ってくると思います。
もうひとつ、誰に働いてもらうかと言いますと、60〜70歳の方です。つまり、企業を退職された方を再雇用し、週3日ぐらいでフルタイムではなくワークシェアリングという形で働いてもらうわけです。
20〜30年後にこの地域で誰が昼間にいるかと言うと、60〜70歳代の方の半数を占めるようになります。つまり、これから地域を支える役割は60〜70代の方が担わざるを得なくなり、その方々をどう活用していくかが大きな問題となります。
特に刈谷市は企業で働いている人が多く、その年代の方が今後の地域を支える中心となってきます。地域福祉計画の中でこの方々に地域の中で活躍してもらうための仕組みづくりを特化し、そのための資源・財源の投入が必要だと思います。
また、女性の方々に働いてもらうとなると、子育て支援の仕組みも計画の大きな部分を占めると思います。もうひとつ、今以上に昼間に人がいなくなれば、防犯が最大の問題となってくるかと思います。
今後は地域福祉計画の中で、60代の方に地域で役割を担ってもらうための場づくり、子育て支援の様々なあり方、防犯の問題の3つを特化していく必要があるのではないか、これが、私が駅前に立って刈谷のまちを見て感じたことです。
資料に戻ります。資料中に「自治会」という言葉が出ていますが、10年、20年、30年後に自治会は成立しているのでしょうか。地域福祉計画を進めていく上で、皆さんに小学校区や中学校区ではなく集落や隣組のイメージでお考え頂きたいと思います。今後、自治会がやっていけるのか、隣組がやっていけるのかということです。
防災で言えば、先日、福岡で地震が起こりましたが、この周辺も20〜30年後に地震が確実にやってくると言われています。もし地震が起こって家が潰れたときに、自治会や隣組のエリアでどの家に誰が住んでおられるのかが分からなければなりません。今この瞬間、皆さんは自治会や隣組の範囲で「どの家に高齢者が住んでいるのか」が分かっていますか。
おそらく新興団地になればなるほど分からないと思います。プライバシーの尊重も大事ですが、プライバシーの尊重とコミュニティの解体は表裏の関係となるものです。人間関係は迷惑を掛け合って、初めてコミュニティになるものです。迷惑をかけない関係は水くさい関係です。
以前、鳥取西部地震が起きたときのことですが、私はちょうど米子市におりまして、震源の真上で震度6強を経験しました。地震が起きた後、私は隣の西伯町(現南部町)という人口1万3000人ぐらいのまちに車で4時間程かけて応援に入り、そこで感動してしまったのですが、西伯町では地震から4時間で「どの家に、お年寄りや子どもが住んでいるか」の点検が全世帯で終わっており、子どもとお年寄りは全員、福祉センターへの避難が済んでいました。こういうところは何があっても生きていけると思います。同じようなことが、果たして刈谷でできるのでしょうか。
防犯も防災も同じ問題です。事件・事故が起きたときに誰がどこに住んでいるのかが分からない地域は、淋しいとは思いませんか。私は防犯・防災の点で地域を支える仕組みづくりが地域福祉計画の最大の要点だと思います。
そして、そのような地域でなければ祭りができません。恥ずかしい話ですが、私の住んでいる地域では祭りの御輿が担げず、台車に乗せて走らせています。私のところはまだましで、さらに酷いところではトラックに御輿を載せたり、御輿部屋を開けるだけのところもあり、次第に祭りが成立しなくなってきています。
ごみの分別も解決しなければならない問題のひとつです。私の地域では進んでおり15種類に分別していますが、この仕事は集落で行っており、婦人会の役割となっています。集落の資源センターにごみが集まると、そこで当番になっている婦人会の方が15種類に分別します。その分別したごみを婦人会の方が軽トラックに乗せ、市のリサイクルセンターへ運びます。その部分まで集落でやるわけです。市がやるのではありません。この行政に頼らないリサイクルシステムは市の職員を雇わない分、人件費の500〜600万円ほどコストが安くなります。
集落の中で「誰が何をやっていくのか」という議論はすでに始まっています。地域には諸々の問題がありますが、小学校区・中学校区ではなく、自治会や隣組のレベルで可能なのかを考え、その積み上げが地域福祉計画であるわけです。市が言った言わないは関係ありません。要は隣組が守れるのかということです。
お葬式を出す時は隣組が出す、詰め物も受付もお金の計算も隣組が全部する、そういうことも、一昔前までは隣組の中でやってきました。それが「お互いさんで支え合う」仕組みになっているわけです。このような地域づくり、コミュニティづくりの積み上げが地域福祉計画であることを、皆さんには再確認してほしいと思います。
資料の3〜4ページをご覧頂きたいと思います。滋賀県において集落レベルのことをやっていく過程で何が起こっているかを示すものです。特に4ページを見て頂くと私の意図することが分かってもらえるかと思います。これは滋賀県独自の単独施策「あったかホーム」のフォーラムを開催したときのスタッフ表です。開催にあたり、それぞれ役割分担をしたわけです。
どのような人間がやっているかは資料の「所属」のところを見て頂きたいと思いますが、つまり、ここに書いてあるのは、県の職員さんや市の職員さん、特別養護老人ホームの方、介護保険事業をやっている方、障害者の支援をやっている方、部落解放をやっている方、これらの方が全部入っているわけです。
滋賀にこのような文化が根付いたのは、介護保険が始まった1998年からです。この方々が手をつないで事業をやります「県は県だけで」「市は市だけで」という考えはまったく持っておらず、自分たちでできることをそれぞれやっていくということです。つまり、これは地域福祉計画の概念と同じで、ひとつのことをやるときに皆が手を携えてやろうということです。
滋賀では県全域でこのような動きが始まっており、市町村単位でも同じです。もっと小さい小学校区・中学校区の単位では、このような動きがさらに多様化しています。
資料の6ページから9ページをご覧ください。新聞記事のほうが皆さんが分かりやすいだろうということで付けております。これは人口11万8,000人の東近江市のNPO法人「しみんふくしの家八日市」の記事です。「住み慣れた家、町で自分らしい生活を」という見出しが付いていますが、ここではグループホーム、デイサービス、訪問介護、学童保育、24時間365日の保育をやっており、お母さんが子どもを連れて集まり子育てについて相談したり知恵を出し合うところにもなっており「あったかホーム」と名付けられています。ここで次のステップとして「子育ての応援ができた。高齢者の支援で仕組みを作った。そして、これからお年寄りが増え子どもが減るのなら、子どもが増える仕組みを作ろう」ということを始められています。
今の若い男の人、女の人は、私達のように年を取った人に比べて出会いの場が非常に少なくなってきていることが、調べてみて分かりました。出会いの場が少ないのなら増やそうということで、仲人システムのようなものをこのNPO法人で始めることが、来年度の事業計画に上ってきています。今申し上げていることは、行政とは関係ないものです。学童保育は市から委託されたものですが、保育は自主的な事業ですし、お母さんが集まって相談をするのも出会の場も行政とは関係ないものです。
ここでもうひとつお考えになっているのは、外国人のお子さんへのいじめについてです。学校に行くと、ひとりだけ顔立ちが違うためにいじめに遭ってしまう。そのお子さんの国であるブラジルは「やったらやり返せ」の文化ですから、いじめに遭って家に帰ると父親からは「やり返せ」と言われる。それをやってしまうと、ブラジルならばそういう文化なので周りの人間も納得しますが、日本は陰湿ですから余計にいじめられる。たまたま私の息子が外国人の子どもと友達で、その子どもが息子に言ったという言葉が私は忘れられません。「死にたい……」。
その外国人のお子さんはブラジルと日本の文化の間でいじめに遭い、家でも守ってもらえず、居場所がないわけです。父親に言っても受け入れてもらえない、母親もおろおろするばかりです。このことが分かってから、NPO法人が外国人の子どものために、外国人の人も支援する地域におけるサポートシステムを作ろうということになったわけです。
その次に何に着目したかというと、外国人の方は生活が厳しいことです。刈谷でもイトーヨーカドーやジャスコ、マックスバリューなど多くのスーパーがあるかと思いますが、夜11時以降になると外国人のお客さんが大勢、買い物をしています。そしてレジを出た後で、買ったものを皆で小分けにしている、そういう暮らしをしておられます。半額になったヨーグルト等が、彼らが全部買っていくためほとんどなくなります。また、「自動車がほしい」と思うと、中古車の部品を網の外から覗いています。そういう厳しい暮らしの中で、支え合っているわけです。
そこで、このNPO法人さんが気付かれたわけです。「ラテン系の人のためのリサイクルショップを開こう」ということです。民生委員さんに声をかけ、壊れて家に眠っている電化製品や衣類などをNPO法人が引き取りました。そして、滋賀は民間企業が多いところですが、そこを退職された技術のある方に有償ボランティアとして来て頂いて、引き取ったものを全部修理してもらったり、リサイクルショップの販売員になってもらったりしました。その退職された60代の方々にとっては、もともと持っていた自分の技を活かして趣味も活かして、少々の小遣いになって、ラテン系の方に喜んでもらえて、自然環境にもプラスになるという、一石四鳥、五鳥の世界があるわけです。
これが、実は地域福祉計画であるわけです。「計画なんて、私らには分からへん」ではなく、今ある問題を解決するために皆が知恵を出し合ってやっていくうちに、気付いたら解決していた、たまたま次の問題が見えた……というものです。正直言って、地域の暮らしの中で計画性などありません。「次、次、たまたま」です。難しく考える必要はありません。
7ページは認知症の方々のためのグループホームについての記事です。昔の和装学校を改築しています。新しい建物ではありません。すべて民家を利用してやっておられます。
次のページは平成14年7月の風景です。ここは保育園もやっていますから夏休みになると子どもさんと保母さんが水遊びをしているわけですが、ここには認知症のお年寄りの方もおられます。さっきご飯を食べたことを忘れている、家にいると「嫁が金を取りよった」といって憚らない、外に出ると道が分からない、そういった方々が入居しています。
この写真で白いネックレスをしている方は、以前は保育園の園長さんだった方です。保母さんが子育てや保育の関係で悩んだ時は、この園長さんに相談されます。園長さんだった方も元プロですから、適切なアドバイスをしてくれます。アドバイスした瞬間に飯を食ったことを忘れたりするわけですが、しかしアドバイスは的確です。保母さんにアドバイスすることで凛とした顔になります。認知症であったとしても、たかだか一部が駄目になっただけで、他のところは生きています。この方はおそらく死ぬまでここに入居して、ここでお亡くなりになるかと思いますが、この方にとっては子育てや保育の支援、保母さんのサポートという役割が死ぬまであるわけです。プロとして生涯を全うされるわけです。
先ほどサロンの話でも申しましたが、お客様ではありません。この認知症の方々は保母さんを、お子さんをサポートされておられますから。
次の9ページを見てください。この写真はおばあちゃんが小さいお子さんの面倒をみている風景ですが、このおばあちゃんもアルツハイマー病、認知症の方です。この方もお子さんが好きです。周りにいるおばあちゃんも皆、認知症の方々です。このお年寄りの生き生きした表情を見てください。素晴らしい表情です。この方々には自分の居場所と役割があるわけです。認知症の方でも、自分の持っている知恵が最大限に発揮できる場所であるわけです。お年寄りをお客さん扱いしていない、邪魔者扱いしていないということです。お年寄りの皆さんも凛としておられます。
次のページを見てください。この写真は前のページの記事と同じ場所ですが、これが「あったか広場」です。お母さんの方々が小さいお子さんを連れてきて、ここにはグループホームもありますので、認知症の方々が子育て支援をしているわけです。お分かり頂けますか。誰も邪魔者にされていない、皆さんそれぞれ生きる役割がある、値打ちがある、輝いています。
小さいお子さんがいることでお年寄りの癒しになっている。つまり、小さい赤ちゃんの存在そのものが、お年寄りを活かしている、お年寄りの喜びになるわけです。そして、お年寄りがいることで、お子さんとお母さんのフォローになっています。どちらも持ちつ持たれつ、お互いさんの世界であるわけです。
もうひとつの事例を紹介させて頂きます。11ページですが、これは滋賀県の「とりいもと」という築150年の中山道の旅籠を使ったデイサービスです。これは有限会社です。こう言えばピンとこないかもしれませんが、中身は非営利有限会社とお考えください。銭儲けを目的にしておりません。お年寄りや子どもの関係等で地域のまちづくりをするにあたって有限会社とNPO法人のどちらの形が良いかということで、有限会社にされているだけのことです。そして150年前の旅籠をデイサービスに改装されました。何故、旅籠を改装されたのかというと、隣近所の方が言うには、昔の中山道の町並みの保存運動になるということです「市に言っても。"金がない"という理由で誰も来なかったけど、この人が昔の町並みを保存してくださった」ということで、隣近所のおじいちゃんやおばあちゃん、自治会長、民生委員、皆が大喜びして、開所式の時には人が入りきれなかったほどだったということでした。
次のページをご覧ください。これは昨年のお正月の風景です。門松が立っていますね。ここに入っておられる方の7割は認知症です。餅の丸め方や切り方、雑煮・ぜんざいの作り方、これはすべて、認知症の方の仕事です。20代の大学出の介護福祉士の仕事は何かというと、おじいちゃんおばあちゃんから怒られる仕事です。今の若い大学生に「餅を切れ」と言えば、包丁をバキッと折ってしまうかも分かりません。だから、おじいちゃんやおばあちゃんに「こう切るんや、ちょっと見とき」と怒られる役割です。下の写真を見ると、台布巾を作っています。作っている方は元は和裁学校の先生です。この方がどのようなことを宣うかというと「今時、の若い子は、私にこんなもの縫わして」と。ぶつぶつ言いながら、それでも顔は凛としています。「これは、私にしかできへんやんか……」と、こういう顔をしているのです。
その次は大根を切っている写真ですが、滋賀県のデイサービスの小規模なところはほとんど100%畑があります。我々はお年寄りに暮らしを続けてほしいと思っておりますから、全部畑付きです。地下足袋を履いて、そのまま畑に来るお年寄りもたくさんいます。日長、畑仕事をやって、この方も認知症ですが、台所におばあちゃんが立ちますから、畑仕事をしているおじいちゃんにおばあちゃんが「大根とって」「ねぎとって」と言いますと、おじいちゃんが土付きの大根やねぎを持ってきます。そのときのおじいちゃんの嬉しそうな顔が想像できますか。家では、若い嫁がサランラップで包んだ大根やねぎを持ってきて、せっかくおじいちゃんが作っても使ってくれませんが、ここでは使ってくれるわけです。すべての量の大根が使えるわけではないので、余ったものは漬け込みになります。粕漬け、ぬか漬けをするのはお年寄りの仕事です。隣近所から「渋柿をとりにきてくれ」と言われるとおじいちゃんおばあちゃんが行って、干し柿をつくります。我々の地域では「つるんぼし」と言いますが、これもおじいちゃんおばちゃんの仕事です。椎茸やキムチづくりもそうですし、掃除もおじいちゃんの仕事です。皿の片づけ方もそうです。節分の時に「鬼は外、福は内」と豆を巻くと障子に穴が空きます。障子の穴があいたところに桜の形に切り抜いた紙を張るのもお年寄りの仕事です。お年寄りが昔に暮らしの中で持っていた知恵が、ここには全部あるわけです。
3段目の写真を見てください。写真の下に「かわいいななんちゅう名前や」とありますが、ここにはワーカーさんが子どもを連れてきます。ここは保育園ではありませんが「おじいちゃんやおばあちゃんにみてもらうほうが、子どもが落ち着くから」ということで連れてきます。ここに来ておられるおじいちゃんやおばあちゃんがワーカーさんの子どもの面倒を見ます。面倒をみることでおじいちゃんおばあちゃんが生き生きとされ、小さい子どもが来ることで顔も緩むわけです。
二つの事例を申し上げましたが、これは同じ事です。お子さんだろうが、障害があろうがなかろうが、お年寄りだろうが、すべてお互いさんであるわけです。それぞれがいることで、皆さんが癒されるし、役割があるわけです。滋賀ではこのようなことが意図的にされるようになっております。
13ページをご覧ください。この有限会社は誰がやっているかというと、去年まで彦根の青年会議所(JC)の理事長をやっておられた方です。刈谷市のJCもこのようなことをやると面白いと思います。
13ページの写真は、ここがやっておられるデイサービスの送迎車や訪問入浴車です。滋賀では、これらの車に天ぷら油を使っています。これは環境の世界で言われているBDF(バイオディーゼル燃料)というものです。滋賀では何回も使った食用油を回収するシステムがありまして、回収した油をディーゼルの代替燃料にして、農耕車や市町村の車に使われています。近江鉄道のバスにも使われ始めています。
デイサービス等の車にもこのBDFが入り始めています。何故かと申しますと、障害のある方、車いすに乗っている方のことを考えてみてください。送迎車に車いすに乗っている方を乗せるときに、エンジンの排気の位置を考えてみてください。車いすを乗せるまでお年寄りや養護学校の子どもが待っている時に、排気ガスがどれほどつらいものか。
地域福祉計画がまちづくりの計画であることがお分かり頂けますね。送迎車で環境への配慮が始まっているわけですが、滋賀では環境と福祉はひとつのものであると考えられています。
14ページをご覧頂きたいと思いますが、滋賀ではそのためにこのような考え方が出てきているわけです。3年前から、自主財源でNPOの地域総合コーディネーターが地域を支えるシステムというのが考え始められています。小中学校区レベルでの地域のお年寄りの問題、エネルギーの問題、障害者の問題、子育ての問題、ごみの問題、PTAの問題、このような問題を地域で支えよう、NPO法人で支えよう、ということです。NPO法人で支えるとなると財源が要りますから、これを介護保険でやっています。保育も財源になっております。
皆さん、特に市の方はご存じかと思いますが、今回の介護保険の見直しで障害者の関係は入りませんでしたが、次は入るようになります。2009年には障害者だけでなく子育ての関係も入るようになるでしょう。国では、子育ての問題、高齢者の問題、障害者の問題、これらに対する保険の名前がすべて変わってくると思います。私の提案ですが、生活支援保険という名前にしたら良いのではないでしょうか。
子育て、高齢者、障害者……国はこの仕組みで支援すれば黒字が出ますから、その黒字で地域のPTAの事務局や防犯・防災の事務局を設置する等、様々なことができるようになります。国のほうでもこのようなことを言い出しているようです。
地域福祉計画が本物になるのは2009年で、つまり、地域福祉計画と介護保険計画が一体化する時が来ると思います。その時に、先ほど言いました「子どもが減る中で母親にも働いてもらわないといけないから、そのための子育て支援」「高齢者を支える仕組み」「障害者を支える仕組み」を地域の中でやっていくようになると思います。
滋賀では4月1日から、50世帯の農村の集落でNPO法人が立ち上がります。「結の家」と言いまして、集落の民家を使った定員10名のデイサービスを行います。そこには地域の元気なお年寄りも来ますし、障害者の方も、子どももお母さんも来られます。つまり、先ほどの「しみんふくしの家八日市」の集落レベルの規模のもので、このような動きが滋賀の多くの集落で出てきています。
滋賀ではその方向でやる、そういうところまでやっと来ました。地域の方も気付いてきて、立ち上がり始めています。NPO法人を始める時に誰が理事になるかと言いますと、意欲のある自治会長、民生児童委員、婦人会の会長、青年団、過去に地域づくりに携わった人がすべて理事に入っています。この方々は無給です。別のところでちゃんと収入があり、退職された方には年金があります。株式会社で言えば取締役が全員、無給であるようなものです。そして、現場で働く人には介護保険から給料を出します。企業体質としては管理コストがほぼゼロで、非常に強力な企業体質であることがお分かりになるかと思います。これは地域系企業の強さです。
このような仕組みをすべての集落で作ろう、それぞれの集落の中で自分の地域のお年寄りや障害者、子ども……すべてを支えていこう、という考え方が、今の滋賀のひとつの理論系です。
15、16ページを見て頂きたいと思いますが、地域で小規模なNPO法人を立ち上げる時に、専門のワーカーである若い方が中心となってやられますが、有償の方も含めてボランティアは地域の人です。そのときに、例えばレセプトの請求などの経理関係の仕事は、民間企業を退職された方が経理ソフトを操作してやれば良いわけです。つまり、男の方のボランティアの役割、女の方の役割がそれぞれあるわけです。滋賀では地域NPO法人を始める時に、地域NPOを支える人材をどう作り出すかという点については、我々は退職された男性サラリーマンにターゲットを絞っています。
これは刈谷でも同じような問題があるはずです。私も企業にいた経験がありますが、退職された男性はサラリーマンを放っておくとゴミになってしまします。女性の方はお分かり頂けますね「ゴミになる」とは、早くに医療保険と介護保険の対象者になってしまうということで。す。これは後の子どもさんやお孫さんにとってありがた迷惑になってしまいます。私らのような男性をゴミにするのではなく、資源にしなければいけないわけです。つまり、NPOを支える側に回るということです。
我々がお世話されるのではなく地域を支える側に回る、これが一石三鳥になるわけです。モデル事業をやっていて分かりましたが、退職した男性サラリーマンは放っておくと本当にゴミになってしまいます。
私は近江八幡市でモデル事業をしていますが、退職されたサラリーマンが雲の隙間からゴミのようにちらちら落ちてくるようなイメージを覚えました。これを放っておくと積もって誇りになって、介護保険のお世話になります。それまでに何としても地域での役割を担ってもらわねば、ということで網掛けにしているわけです。これを全国のほとんどの市町村はサボってしておりません。早い人は退職後の3か月で落ちてきます。遅い人でも2年です。これは近江八幡で10数社の大手企業で退職された方を追跡調査した結果です。
このことは私が危惧していることで、おそらく刈谷でもそうなると思いますが、あと3年で全国的に私の年齢(1948年生まれ)と同じ方、団塊の世代の方が大量に退職します。これを地域の資源にすれば凄い力となります。しかし放っておくと、医療保険や介護保険で後の世代にもの凄い負担となります。この方々を活かすか殺すかというのは、非常に重要な役割であると思います。活かせば奥さんにとっても非常にプラスになります。今日は時間がないので詳しくは申しませんが、男の人をフォローするための方法の3点セットを、行政も地域の方にもお願いしたいと思います。
男の人を活かすためには、女性とは違うということを考えなければなりません。まず男の人にとってはカルチャーセンターやカルチャースクールはほとんど役に立ちません。例えば、行政が税金を100万投入しても、それによって得られるものはほとんどゼロです。男の人がカルチャーセンター巡りをするだけです。大津のカルチャーセンターに通っていた人が、次は草津のカルチャーセンターに、次は京都のスカイセンターに……と、カルチャーセンターおたくになります。これでは地域の役には立ちません。
内か外か言えば、できれば外で作業をしてもらったほうが良いです。なおかつ、共同作業が男の人にとっては必要です。「手を動かす」「足を動かす」「身体を動かす」、そして必ず要るのは「飲み食い」です。特に酒は必要になります。それが地域の役に立つわけです。この4点セットがあれば、男の人を資源化できます。
最大のポイントは仲間づくりです。これを聞いて女性の方は「当たっている」と怒るかもしれませんが、女の人はPTA等、子どもを通じてネットワークができ、仲間ができます。ただし、女の人の仲間はすぐに別れてしまいますが。男は、会社で嫌いな奴とでも同じ目標に向かって一緒にブレーンストーミングしたりしますから、嫌いな奴でも仲良くなれます。これが男の強さです。ただし、男の人は退職後に孤立してしまいます。よく「男の人の一人遊び」と言いますが、ジョギングや散歩を始めたりします。男の人は一人遊びしかできません。だから、仲間で共同作業する場所をどう作るかを、行政は考えなければなりません。
共同作業や飲み食いは仲間づくりの場になります。女の人は「男の人は仲良う集まってますなぁ」とよく言いますが、仲間ができれば、そこにぼちぼち地域や行政の人が「こんなボランティアがあるけど、やってくれへんか」と言っても「それなら、みんなでやってみるかな」となります。急いだら駄目です。まずは地域の仲間をつくる、この仕組みを何としてもつくらないと、その方々に地域の役割を担ってもらわないと、社会コストになっていまいます。それに関する資料を後に付けてありますが、滋賀では、そのような仕組みづくりに様々な形で突っ込んでいます。
20ページにありますが、あったかホームというのは今まで話してきた仕組み全体を総合して県でつくったものです。地域の資源として、退職された男性の方に地域で何でも良いからやって頂いて、自由に仲間でつながっていって、「次、次、たまたま」でいろんな形で発展していくというものです。その発展される原動力として、最終的には介護保険の事業をやってメンテナンスをしてください、介護保険事業を立ち上げるまでの少なくとも3年間はコーディネーターの人件費を県で出しましょう、同時に増設するときのハードの金も出しましょう、このような動きが滋賀県下で広がりつつあります。最終的には、それぞれが介護保険事業で飯を食いながら地域を支えて下さいよ、ということです。
資料の最後になりますが、21ページに書いてあることが、滋賀県下では集落レベルで問題意識として出てきています。この動きに関して国の厚生労働省も滋賀県に随分出入りするようになり、先ほど紹介したところでも国の局長クラスが視察に来ています。今回の国の介護保険事業の見直しがあり、その次の見直しで子育てが入ってくるとご説明したのは、国の方の制度がその方向に大きく舵が切られているということです。行政の方はお分かりだと思いますが、民家を改修して使う「小規模多機能サービス」という言葉が国の方から出てきているのは、実は滋賀のここから出てきたわけです。国はこれからは大規模な施設を作らせない方向で動きます。
もともと自分が生まれ育ったところの民家を改修して使い、子どももお年寄りも障害のある方々も共に暮らす場所として、お年寄りをお客さんしない、子どもをお客さんにしない、その仕組みづくりに国が支援する、このような方向に介護保険は変わります。
今の滋賀は豊かですから、豊かである今のうちにやらなければできないという姿勢で、この作業に入っています。我々はいくらでも情報を出しますから、是非、刈谷の方々も、今が豊かであるが故に子どもさんお孫さんの次の時代をつくる作業を一緒にやろうではありませんか。ありがとうございました。